ある日、男性が1人で来店した。
「いらっしゃいませませ〜」と迎え入れながら、新規のお客さんだなと思っていたら、その男性は「久しぶり〜」と笑顔で言った。あら、前にもいらしたことのあるお客さんだったのね。全然思い出せないけど、失礼のないように私も「お久しぶりです」と笑顔で返した。でも頭の中はフル回転だ。誰だろう。全然分からない。もしかしてセルフバーを利用したことのあるお客さんなのかな?
セルフバーを始めてから、新規のお客さんがだいぶ増えた。セルフバーの場合、最初にコップをお渡しして、システムの説明をした後は全く接客しないのでなかなか顔を覚えられない。それが団体さんの中の1人となると尚更だ。
その男性はカウンターの端の席に座った。会話の中で、いつ、誰と(もしくは1人で)来店したのかを探りたい。久しぶりというのが、5.6年以上も前で、しかも1度きりなら私が完全に覚えていないこともあるだろう。
「前回のご来店はいつ頃でしたっけ?」グラスや氷を準備しながらと訊ねると、「先月来たさ〜。この同じ席に座ったさ〜」と答える男性。
そんな最近の、しかもカウンター席なら覚えていないわけがない。もしや……という思いが頭をよぎる。もしやお隣と間違えて……。
飲み放題メニューの中からお酒を選んでもらおうとすると、「ボトルもキープしたよ。菊の露VIP」と答える男性。先月いらしてボトルも出してくれたなら私が覚えていないわけがない。やはりこのお客さんはお隣のお店と間違えて入って来たんだわ。
その旨を伝えると、「間違えたのも何かの縁だ」ということで、私のお店でそのまま飲むことになった。念のため表に出てお隣を確認すると、今日は閉まっているようだ。なるほど、お隣さんが閉まっているから間違えたのだろう。
でも、男性はまだお店を間違えたことに半信半疑なようで、「この前俺の名刺あげたさ〜。持ってない?」とか「手前にカウンターがあって奥の方にボックス席があったから、やっぱりこのお店じゃない?」とか「この前もママさん1人だけだったよ」とか言っていたけど、決定的なのは「ママさんって◯◯の出身なんでしょ?」という発言だった。それはまさに、お隣のママさんの出身地なのだ。
こんなにいろいろな情報や状況は覚えているのに、お隣のママさんと私の区別がつかないのは本当に不思議。全然違うタイプなんだけどな。男性は、私のお店でも菊の露VIPを開けてくれたので、これからはお隣さんと私のお店両方に飲みに来てくれるといいな〜。