ネックレスと共に

 常連のNさんは、年齢も近く話しやすくて、数あるお客さんの中でも私はN氏のことを近しく思っていた。
 ある日のNさんは、いつもと違ってちょっとテンションが低めだった。眉間に皺を寄せて、時折り右肩を回したり揉んだりして、しきりに右肩を気にしている。

「肩、痛いんですか?」と訊ねると、「たまに凄く違和感があるんだよ」と言う。

 常に違和感や痛みがあるわけじゃないから病院には行ってないけど、たまに襲ってくる違和感は非常に辛いらしい。N氏は「もう腕から肩から全部取って捨ててしまいたいくらい」と表現していた。その表情からも、辛さが見てとれた。

 私は若い頃から肩凝りが酷くて、背中の強張りが酷い日は首が回らなくて後ろを振り向けなくなり、日常にも不便を感じていた。そんな時にお客さんに「効くよ」と教えてもらったファイテンのネックレス。この出会いで私の人生は変わった。グッバイ肩凝り。

 N氏の肩の違和感にファイテンが効くかは分からないけど、目の前で辛そうにしているN氏を放っておけなくて「しばらく付けてみませんか?」と私は自分の首からネックレスを1本外しN氏に渡した。ファイテン大好きな私は常に2本付けしているのだ。

 女性の私にぴったりなサイズなので、N氏の首には少し小さいけど大丈夫そうだ。つい数週間前に買い替えたばかりの新しいネックレスがN氏の首にぶら下がっている。効きますように。

 それからN氏はパタリとお店に来なくなった。毎週来てくれていたのに、もう3ヶ月も来ていない。その間に「ファイテン効いてますか?」、「久しぶりに飲みに来ませんか?」とメールを2度送ったけど、既読無視の状態だ。そんなことは初めてだ。

 N氏の職場の人たちが来店した際に聞いてみると、「さっきまで一緒にいたけど、なんか『事情がある』って言って帰った」そうだ。

 N氏、ネックレス無くしちゃったのかな? それで気まずくて来れないのかな? 

 もう何年も前のことだけど、あるお客さんとの話の流れで私の持っているミュージックDVDを観たいというので貸したことがある。その方も常連さんだった。最初のうちは「持って来るのを忘れた」と言っていたけど、だんだん気まずくなったのか足が遠のいて、そのうち転勤で内地に行ってしまった。私も途中からは「返さなくていいですよ。気にしないで」と言ったけど、借りた方は気まずいのだろう。DVDを貸さなければ、転勤直前まで常連さんでいてくれたのかも知れない。

 私はファイテンを貸しちゃったがために、毎週来てくれたN氏を失ったのかも知れないな。それも、買ったばかりの1万円のファイテンのネックレスと共に……。

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