チリンチリンとドアを開け来店と同時にすぐにお手洗いに向かう人は少なくない。そして「トイレだけ借りに来た。じゃ帰ろうね〜。あはは〜」と笑いながら席に着くのは、決まって年配の男性だ。おやじギャグという言葉がある通り、何かしらウケを狙いたくなるお年頃なのだろう。でもごく稀に、本当にお手洗いだけで帰る人もいる。お客さんではない来店がたまにあるのだ。
１番多いのがＫ氏。私がホステスをしていた頃に出会ったのでかれこれもう10年以上になる。親しそうな雰囲気で話はするが、実際に飲みに来た回数は年月の割に多くはない。文字通り飲み歩くのが半分仕事みたいな人なので、１日に何軒もはしご酒をしていて、お店からお店への移動の途中でお手洗いを借りに寄る。「ちょっとトイレ借りようね〜」と言いながら入ってきて、「はぁ、もう飲み過ぎだよ〜」と言いながら出て行く。多いといっても年に数回だが、お客さんとして飲みに来るのも年に数回なので、来店数の半分はお手洗いだけ借りに来ている計算だ。私はもう慣れたが、その様子を見たお客さんは、「あい！ 本当にトイレだけ借りて帰るわけ⁈」と一様に驚く。
Ｏ氏の場合はいつもはごく普通に飲みに来るが、先日はスマホ片手に「ママ、これ充電出来る？」と言いながら入って来て、「ごめん、今日はちょっと充電だけ貸してね」と、コンセントに充電機を差して充電しながらあちこちに電話をしている。「東京出張からの帰りで今空港から来たんだけど、途中で充電が切れてからよ〜。今から人と会う約束してるのに、でーじなってる」とのことだ。
週末の遅い時間に見知らぬ男性がやって来て、「すみません。運転代行の電話番号分かりますか？ 全然捕まらなくて」と困った様子のこともあれば、「すみません。トイレ借りてもいいですか？ すみません」と、鬼気迫る感じの女性が飛び込んで来たこともある。１階の店舗ならではの光景かも知れない。
